FOOD NIPPON

FOOD NIPPON 2019
〈前編〉「大坂」のご案内

“FOOD”を知ることは、“風土”を
ひも解くこと── 。

“日本食文化の再発見”を目的に、2013年より季節毎に開催してきたFOOD NIPPONでは、日本各地に代々受け継がれてきた“食”を掘り下げ、先人の知恵や工夫に学びながら日本の豊かさに出逢う場を紡いでまいりました。

今年は私たちなりに再解釈した「大阪」の食文化をご紹介いたします。古来、「難波(なにわ)」と呼ばれていたこの地が、「坂」の字を用いて「大坂」と呼ばれるようになったのは15世紀のこと。明治時代に「大阪」と改められるまで主に「大坂」との表記が使われていました。FOOD NIPPONでは、「大坂」と「大阪」という表記の違いを時代区分と捉え、7月1日(月)より始まる前編では近世の「大坂」を、11月に開催する後編では近代以降の「大阪」を取り上げます。

「大坂大繪圖」所蔵:国立国会図書館

都市としての大坂が誕生したのは、蓮如が上町台地に石山本願寺を建立した明応5年(1496年)のこと。その後、10年にもおよぶ石山合戦を経て、天正11年(1583年)、豊臣秀吉は石山本願寺の跡地に大坂城を築城。同時に、秀吉は城の西側に広がっていた砂州を埋め立てて城下町の建設に着手しました。水運を活用するため、縦横に掘割を開削して土地を整備し、中世の自治都市として栄えていた堺や平野郷から商人を移住させて船場の町をつくり、商都大坂の礎を築きました。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で灰燼と化した大坂は、徳川幕府のみならず町人たちの多大な尽力により見事に復興し、「天下の台所」と称される商業都市としてさらなる発展を遂げていきます。

「菱垣新綿番船川口出帆之図」所蔵:大阪市立図書館

縦横無尽に広がる堀川と川船は、大坂に水の都としての風情ある景観をもたらしました。日本各地と大坂を結ぶ西廻り航路や東廻り航路が整備され、特に荷物の運搬が盛んだった大坂と江戸のあいだには菱垣廻船や樽廻船などが行き交いました。水運に恵まれた中之島を中心に各藩の蔵屋敷が軒を連ね、川沿いには船着場や荷揚げ場のほか市場が立ち、「天下の貨(たから)、七分は浪華にあり、浪華の貨、七分は舟中にあり」と記されるほど、大坂は物流の一大拠点として賑わうことに。

「天下の台所」を支えた大坂の三大市場である堂島米市場、雑喉場魚市場、天満青物市場。天下随一の米の取引量を誇る堂島米市場では、世界初ともいわれる先物取引が行われるなど、高度に洗練された商取引が行われていました。雑喉場魚市場では、船の生簀で泳がせながら運ばれて活け〆されたばかりの魚がセリにかけられ、天満青物市場では野菜のみならず、北前船で運ばれた北海道の昆布をはじめとする乾物も取引されたそうです。昆布の一大集散地となった大坂では、濃厚な味わいの真昆布と鰹節の合わせ出汁を基本に、野菜や煮干し、魚のアラなどを合わせた奥深い出汁文化が育まれていきました。さらに、堺の刃物技術を用いた昆布の加工も盛んに行われるようになり、おぼろ昆布やとろろ昆布が広く普及していきます。

(左)「浪花名所図会 堂じま米あきない」(右)「浪花名所図会 雑喉場魚市の図」所蔵:国立国会図書館

信用と格式を象徴する「暖簾」を何よりも大切にした船場商家が、商いの心得とした「始末・才覚・算用」。「始末」とは無駄な出費をしないよう計画性をもつことを、「才覚」とは商機を見定めて創意工夫することを、「算用」とは算盤勘定にあうよう経済的合理性をもつことを意味します。このような船場商人の気質は大坂の食にも反映されています。船場商家における普段の食事は始末を旨とする質素なものでしたが、節句や行事、慶事などの「ハレ」の日には旬の食材で料理したご馳走が振舞われました。ハレの日として大坂の人びとが心待ちにしていた夏祭り。江戸時代より「愛染さんに始まり、天神さんでなかをとり、住吉さんで締める」と親しまれてきました。なかでも、荘厳な船渡御で知られる「天神祭」は、水都大坂を象徴する絢爛豪華な祭りです。

「浪速天満祭」所蔵:国立国会図書館

全国から集まる人びとのさまざまな食の嗜好に応えるために誰もが満足できる味わいを追求して生まれた「浪速の喰い味」。それは、旬の素材を余すことなく使いきり、出汁を効かせて食材の持ち味を生かした深みのある味わいであり、日本料理の礎となるものでもあります。「天下の台所」として育まれてきた大坂の食文化を私たちなりに再解釈し、料理と酒、器をご用意いたしました。皆様のご来店を心よりお待ちしております。

FOOD NIPPON 2019
「大阪」開催日程

会期中、FOOD NIPPON 2019「大阪」の特別メニューをランチ、ディナーともに提供いたします。

  • 〈前編〉「大坂」7月1日(月)〜8月3日(土)
  • 〈後編〉「大阪」11月5日(火)〜30日(土)

FOOD NIPPON 2019〈前編〉「大坂」
特別ディナーコース

泉州水茄子とトビアラ煮/鯨のハリハリ汁/水都酒肴盛り/鱧カツ/なにわ伝統野菜の炊き合わせ/真魚鰹の西京焼き・河内鴨の炭火焼き・半助豆腐/昆布うどん/けし餅

特別ディナーコース 
¥8,700 (お一人様)

7月1日(月)より8月3日(土)まで

*特別ディナーコースの一部はアラカルトとしてもお選びいただけます。
*食材の仕入れ状況により内容が変更になることがございますので、予めご了承ください。

FOOD NIPPON 2019〈前編〉「大坂」特別ディナーコースには…

呉春

大坂の酒造りの始まりは室町時代に天野山金剛寺で醸造された天野酒とされており、豊臣秀吉も嗜んだとか。その後、戦国時代には富田酒が、江戸時代には池田酒が普及します。池田酒は樽廻船で江戸へと送られ、「下り酒」として人気を博しました。河内長野の「天野酒」や富田の「國乃長」、池田の「呉春」など、古い歴史を誇る大坂の酒を取り揃えました。特別ディナーコースとともに是非お愉しみください。

一合 ¥1,400

7月1日(月)より8月3日(土)まで

ご予約・お問い合わせ:Tel 03-5720-1300

展示販売

上町台地の東に位置する深江の地に伝わる菅細工の伝統は約2000年にも及びます。菅には身を浄めるはたらきがあると信じられ、この地に豊かに自生していた菅草で笠を作ったのが始まりとされています。深江の菅笠は、江戸時代には「お伊勢参り」の必需品として名産品となりました。その技術は受け継がれ、今もなお、伊勢神宮や皇室の儀式で使われる菅細工の品々は深江の地において製作されています。 古来、神社仏閣の御神酒徳利として珍重されてきた錫器。かつて徳利は「すず」と称され、転じて中身の酒のことも指すようになりました。江戸時代、大坂は錫器の一大産地として発展。熱伝導率がよく酒の味わいをまろやかにする錫器は、酒器として庶民にも広く普及しました。
歴史ある菅細工と錫の製品をHIGASHI-YAMA Tokyoに併設のサロンスペースおよび系列店のHIGASHIYA GINZAにて展示・販売いたします。是非お立ち寄りください。


系列店情報
HIGASHIYA GINZA


東京都中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル2F
電話:03-3538-3230
営業時間:11:00~19:00 無休

www.higashiya.com/shop/ginza